平安時代に活躍した陰陽師の安倍晴明が所蔵していた天文学の書物を埋めたので「晴明塚」と言われています。
安倍晴明は、和泉国信太の森の白狐『葛の葉』を母にして生まれたという伝承があって、安倍晴明の父・安倍保名と、母・葛の葉の悲恋物語は、講談や芝居となって大阪庶民のあいだで大いに流行しました。
高野街道沿いに、晴明ゆかりの土地や伝説、物語が見られるのも、こうした庶民信仰の表れといえます。
西高野街道と東高野街道の合流地点 河内長野駅前に建つ石碑には、京都・八幡へ 北東約57㎞、堺・大小路へ 北西約18㎞、高野山・女人堂へ南約35㎞ と、書かれています。